■大川山・中寺廃寺跡・柞野(くにぎの)登山口
 ■香川県
 ■2010年5月22日(土)晴のち曇り
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    自宅-R32-県道17号線-R438-荒神の名水・柞野案内板am7:40
    柞野集落am7:50-出発am8:00-鉄塔巡視路と合流am8:50
    展望のよいピークam9:05-中寺廃寺跡散策-出発am9:50
    753m三角点(ジャンクションピーク)am10:00
    心臓破りのコンクリート道-阿讃山脈縦走路と合流(小休止)am10:45
    出発am11:00-阿讃山脈縦走路-大川神社案内板am11:20
    急登-大川山山頂(昼食)am11:30-出発pm0:20-ビニールハウスpm0:55
    コンクリート道- 中寺廃寺跡(小休止)pm1:25-鉄塔巡視路-登山口pm2:15

     ■歩行時間 約6時間(昼食・中寺廃寺跡散策含む)
  

   
徳島のKさんより、大川山柞野コースについての
問い合わせを頂きました
ところが私は公民館からのコースしか登った事が無く
困っていたところkyoさん蘭ちゃん!
そしてしわくハイキングクラブの方から連絡を頂き
無事、Kさんに報告する事が出来ました
このルート、詳しく読んでみると中寺廃寺跡があり
なかなか面白そうなルートでは〜
今日は午後から雨の予報が出ていたので遠出は止め
この面白そうなルートを歩いてみる事にしました
R438から荒神の名水・柞野と書かれた方向へ入ります
狭い道を10分ほど進むと柞野集落が見えて来ました
さて車をどこへ置こうかなぁ〜と見渡すと
眼下に広い駐車場が見えるでは・・・・・・・
登山者用駐車場と書かれていたので遠慮なく置かせて頂く事にしました
この駐車場、50台ほどは楽々停める事が出来るでしょうか〜
かなり広くおまけにトイレ完備!
へぇ〜すごいなぁ〜と思いながら車を停め登山準備
すると地元の方が来られ、登るのなら鉄塔巡視路入口より
中寺廃寺跡入口から登るように言われました
なぜ?と思っていましたが下山時にその理由がわかりました^^;


▲R438から荒神の名水・柞野と書かれた
方向へ入って行く


▲柞野集落               ▲トイレ付きの立派な駐車場

am8:00 教えられたとおり中寺廃寺跡と書かれた入口から出発です
まだ整備されて間が無いのか快適な登山道を進んで行きます
残念ながら展望はありませんがこもれびの中を進んで行きます
今日は朝から気温が高く、少し歩いただけで汗が噴き出します^^;


▲地元の方より、ここから登るよう言われました


▲キレイに整備された道


▲里山に多い風景〜
シダの新葉が出てちょっと珍しい風景

1時間弱で鉄塔巡視路と合流しました
下山時には鉄塔巡視路を歩いてみようと思います


▲鉄塔巡視路と合流

やがて階段が続く道と巻き道との分岐が見えてきました
階段を登ると展望が良い場所に出そうなので
とりあえず階段を登る事にしました
息を切らせながらなんとか登りきると史跡がありました
ここは発掘の為か周りの木々が伐採され
今から歩く稜線がバッチリと見えました
結構、距離があるようです^^;
日没までに下山出来るのかしら〜不安


▲巻き道もありましたが
展望が良さそうだったので階段を登りました
結構キツかった〜^^;


▲登りきると史跡と
背後に今から歩くルートがクッキリ

この周辺一帯は古代山岳(山林)寺院跡が発掘され
平成20年に「中寺廃寺跡」は古代山岳(山林)寺院として
全国的に貴重な遺跡である事から国指定史跡になったそうです
周辺をグルっと散策してみるとまだ現在も作業が続いているのか
ネットやビニールシートで覆われ調査中である事がうかがえました
しかしこんな山の中にお寺があったとはロマンを感じますね〜

■まんのう町教育委員会中寺廃寺発掘調査室HPより■

まんのう町造田(そうだ)の大川山(標高1,043メートル)の山中、讃岐山脈から程近い標高約700メートル地点に所在する山岳寺院遺跡である。遺跡では約20ヶ所の建物跡と思われる平地が、「中寺」という字名で呼ばれる約1km四方の広大な範囲で見つかっている。これまで行われた発掘調査により、今から約1,200800年前の平安時代に寺院が営まれていたことがわかった。平安時代は山中での修行の拠点として山岳寺院が全国的に造営された時期であり、中寺も讃岐山脈沿いで行われた修行の拠点として造営されたと考えられる。平成16年度より開始された本格的な発掘調査によって塔跡・仏堂跡・僧房跡・大炊屋(おおいや)跡・石組の塔跡などの様子が次々に明らかとなり、谷を囲んで複数の機能を持つ建物が築かれた遺跡の全体像が明らかとなった。そのうち、谷奥の中心地区においては塔と仏堂が真南を向き配置され、山中にも関わらず緻密な計画に基づき寺院が造営されたことがわかる。また各建物跡からは土鍋・かまど・食器類などが出土し、僧侶の生活の一部が明らかとなった。さらに中国越州(えっしゅう)(よう)(けい)青磁(せいじ)(わん)や西播磨産多口瓶(たこうへい)などの遠方で製作された貴重な遺物が出土しており、当時の繁栄ぶりがうかがえる。中寺廃寺跡は四国古代山岳寺院の典型例として、全国的に見ても価値が高い遺跡といえる。



▲青いビニールシートに覆われ
まだ発掘作業は続いているようです


▲仏堂跡


▲僧坊跡

史跡を堪能後、いよいよ山頂をめざします
ここから見る限りでは果てしなく遠く見えます
いったい何時間かかるのでしょうか・・・・・・不安〜
ジャンクションピーク史跡への分岐付近では
オンツツジが丁度見頃を迎えていました
花のトンネルの下を歩く事が出来ラッキー♪でした


▲今からあの稜線を歩くのね
日没までに下山出来るのかしら^^;


▲新緑とオンツツジ♪


▲ジャンクションピークと史跡への分岐
結局、ジャンクションピークへは行かなくても
史跡への道が阿讃山脈縦走路への
道に繋がっていました


▲史跡跡への道

ジャンクションピークに着きました
ここには中寺三等三角点753.57 mが有り
大川山・柞野・塩入方向への三か所への分岐点になっていました
塩入から登ってきてもここで合流するようです
私たちは大川山方向へ進みます


▲ジャンクションピーク


▲中寺三等三角点753.57 m


▲ここから塩入へ下りる事も
出来るようです

数分ほど進むとナント史跡への道へ出たでは・・・・・
そうなんです、結局ジャンクションピークへ行かなくても
史跡方面へ進めば山頂への道に繋がっていたという事でした^^;
この道を進んで行くと途中からコンクリート道になりタイヤの跡がありました
どうやら発掘の為に車が入れるように作られた道のようです
この道、超合理的(涙)に作られていて歩きやすいと言えば
歩きやすいのですが勾配がキツくなかなか進めません^^;
おまけに炎天下の下を歩かなければいけないので
バテバテになってしまいました
いわゆる心臓破りの坂〜
コンクリート道と並行し以前からの登山道もみえましたが
歩く人が減った為か藪化が進んでいました


▲史跡跡への道と合流^^;


▲このコンクリート道
写真ではわかりにくいですが超合理的な道
このルート一辛かった^^;


▲眼下に柞野集落・私の車が見えます


・ジシバリ                ・モミジイチゴ?

am10:45 やっとビニールハウスが有るに出たようです
ここが阿讃山脈縦走路との合流点のようです
今、歩いてきたコンクリート道の入り口にはチェーンが
かかっていて関係車両以外は入れないようになっていました
ここで座り込んで小休止〜涼しい風が心地よかった♪


▲どうやら峠に出たようです


▲イチゴのビニールハウス

いよいよ阿讃山脈縦走路に入って行きます・・・・・・
お昼までに山頂に着くのでしょうか〜


▲阿讃山脈縦走路と合流しました

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